エゾウコギの研究報告

研究報告者

高橋 祐輔

北海道医療大学
講師

高橋 祐輔 先生

私が研究するエゾウコギ

エゾウコギについて

エゾウコギ(学名:Acanthopanax Senticosus. HARMS)は、天然に生息するウコギ科の植物(写真1)で、日本では十勝・帯広・北見・網走などの北海道東部に限定し自生しています。世界的には、シベリア、中国北部や朝鮮半島などの涼候な気候の地域にも分布しています。その根皮や茎皮は、中国では古くから漢方「刺五可(しごか)」として用いられ、滋養強壮および精神安定効果を発揮します。これまでに抗ストレス作用、NK細胞活性の増強や癌細胞の増殖抑制など、多彩な作用を持つことが報告されています(表1)。モスクワオリンピックではソ連の選手団の体力強化に利用して話題になりましたが、日本でも長野オリンピックでスキージャンプの選手が体調管理に用いていました。エゾウコギには多くの成分(表2)が含まれており、その中でもエレウテロサイドE、エレウテロサイドB、イソフラキシジン、エレウテロサイドB1とクロロゲン酸が活性を持つ主要成分です。エゾウコギは高麗人参と同じウコギに属しており、リグナン系化合物のエレウテロサイドE(シリンガレジノール・ジグルコシド)の含有量が多い特徴を持っています。

写真1 エゾウコギ

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作 用 雑 誌
ストレス性胃粘膜損傷抑制効果 生薬学雑誌 39:1985
慢性ストレス下の抗ストレス作用 東邦医学会雑誌 37:3,1991
性行動の減退抑制効果 基礎と臨床 29(1),1995
マウスの学習増強効果 基礎と臨床 29(1),1995
過酸化脂質抑制効果 北海道立衛生研究所1994
運動後の血圧上昇抑制効果 北海道体育学研究 30.1995
βエンドルフィンの誘導 北海道体育学研究 30.1995
成長ホルモンの誘導 三重大学地域研究センター研究報告 6.1998
NK細胞活性の増加作用 三重大学地域研究センター研究報告 6.1998
胃癌細胞の増殖抑制作用 ONCOLOGY REPORT 7.2000
ラット脳神経細胞の増殖促進効果 J Pharmacol Sci 107.2008

表1.エゾウコギの作用

表2.エゾウコギ中の含有物質

エゾウコギの抗炎症作用に関する検討

我々の生体が精神的・身体的ストレス状態になると、酸素の副産物(活性酸素)が増え、様々な疾患の原因になると考えられています。まず、エゾウコギが持つ抗ストレスの作用機序は、生体で増えた活性酸素を消去することではないかと予想し研究を始めました。試験管内で人工的に活性酸素を産生させる系にエゾウコギを加え、その量を電子スピン共鳴装置で計測しました。エゾウコギは、生体に傷害を与える2つの活性酸素種02-(スーパ?オキサイド)とOH-(ヒドロキシラジカル)の消去能を持つことを明らかにしました(図1)。

[スーパーオキサイド]

肺腫瘍の成長阻害結果

[ヒドロキシラジカル]

肺腫瘍の転移阻害結果

図1.エゾウコギの活性酸素種消去能

そこで活性酸素が関与する疾患の中でも関節リウマチにターゲットを絞って、エゾウコギの作用を検討しました。慢性関節リウマチの原因はまだ分かっておりませんが、自己免疫疾患の一つで主に手・足の関節を侵し関節の変形が生じ、女性に多い疾患です。関節リウマチは初期から関節の滑膜に炎症が生じ、滑膜組織に好中球、マクロファージ、T細胞やB細胞が浸潤し、これらの細胞から炎症を増悪させる腫瘍壊死因子(TNF-α)、インターロイキン1(IL-1)やインターロイキン6(IL-6)、さらに好中球からはスーパ?オキサイドが産生されて軟骨や骨は破壊され関節の機能障害を招いています。本研究は関節リウマチモデルとして知られているコラーゲン誘発関節炎マウス(以下CIAマウス)を用いて、エゾウコギの抗炎症作用および抗TNF-α抗体(リウマチの生物学的治療薬)との併用効果を検討しました。

1. CIAマウスとエゾウコギエキスの予防的投与について

DBA/1J 系雄性マウスに、100μgのウシⅡ型コラーゲンとフロイント完全アジュバントの混合液(エマルジョン)を、3週間の間隔で2度皮内接種すると、7~14日後にマウスの下肢に関節炎が発症し、発赤と腫脹が起こります(写真2)。関節炎症状の評価法は、踵部の厚さおよび、四肢の腫脹、紅斑、関節の変形や硬直の度合いを指標とするクリニカルスコアで行いました。エゾウコギは100%エキス粉末を用い、500mg/kg体重/日を、エマルジョン投与1回目1週間前あるいはエマルジョン投与2回目当日から、それぞれ毎日強制経口投与しました。対照群には、蒸留水または抗酸化能を持つアスコルビン酸(ビタミンC.10g/kg体重/日)を同様に与えました。

写真2.CIAマウスでみられる足の腫脹像

【結果1】

CIAマウスにエマルジョン投与1回目1週間前よりエゾウコギを投与した群では、蒸留水投与と比べ、関節炎の発症遅延と症状の軽減がみられました(図2)。しかし、エマルジョン投与2回目当日から投与すると、発症は遅延するのですが、症状の軽減はありませんでした。また、関節炎発症日より投与しても、明らかな効果はみられませんでした。つまり、エゾウコギは関節炎に対して、予防効果はありますが、発症後の治療効果は認められませんでした。

[エマルジョン投与1回目1週間前より投与]
エマルジョン投与1回目1週間前より投与
エマルジョン投与1回目1週間前より投与

図2.CIAマウスに対するエゾウコギの予防的効果

2. 抗TNF-α抗体とエゾウコギエキスの併用投与について

現在、関節リウマチの治療薬には、抗リウマチ薬に加え炎症性サイトカインを標的とした生物学的製剤が用いられており、その中でも抗TNF-α抗体が主に使用されています。そこで、エゾウコギが抗TNF-α抗体の治療効果を増強するか否か検討しました。その方法は、関節炎発症日よりエゾウコギまたは対照のアスコルビン酸を毎日強制経口投与し、さらに50μgの抗マウスTNF-α抗体を3日毎に計4回、腹腔内に投与しました。抗マウスTNF-α抗体の比較対照には、IgG(コントロール抗体)を用いました。

【結果2】

関節炎発症後に、抗TNF-α抗体とエゾウコギを投与したところ、抗TNF-α抗体単独あるいはアスコルビン酸と抗TNF-α抗体との併用時よりも高い治療効果が得られました(図3)。

エマルジョン投与1回目1週間前より投与【結果2】
エマルジョン投与1回目1週間前より投与【結果2】

図3. CIAマウスにおけるエゾウコギの抗TNF-α抗体との併用効果

3.関節リウマチの病態形成に関与する活性酸素におけるエゾウコギの作用について

ヒト好中球をPMAという物質で刺激し、細胞培養上清液中のスーパ?オキサイド量をシトクロムC法で測定しました。

【結果3】

PMA刺激したヒト好中球が産生するスーパーオキサイド量は、エゾウコギや対照としたビタミンC存在下で、濃度依存的に減少しました(図4)。

肺腫瘍の成長阻害結果
肺腫瘍の転移阻害結果

図4.活性酸素に対するエゾウコギの作用について

4. 関節リウマチの病態形成に関与する炎症性サイトカインにおけるエゾウコギの作用について

炎症性サイトカインの中で関節リウマチの病態形成に関連するのは、TNF-αやIL-6であるとの報告があります。そこで、エゾウコギがTNF-αまたはIL-6の産生を抑制するか否かを調べました。炎症性サイトカイン産生量の測定は、LPSという物質で刺激したヒト末梢血単核球(PBMC:単球、樹状細胞、NK細胞、T細胞、B細胞)を用いて、TNF-αおよびIL-6のmRNA発現量をRT-PCR法で、細胞培養上清液中の蛋白発現量をELISA法で検討しました。

【結果4】

エゾウコギエキス存在下では、TNF-αおよびIL-6について、LPS刺激時におけるPBMCのmRNA量と培養上清中の蛋白量が、いずれも著明に減少しました(図5)。アスコルビン酸についても両者の減少傾向はみられましたが、エゾウコギに比し、その程度は極めて小さいものでした。

肺腫瘍の成長阻害結果
肺腫瘍の転移阻害結果
肺腫瘍の成長阻害結果
肺腫瘍の転移阻害結果

図5.エゾウコギの抗炎症作

本研究のまとめ

  1. 関節炎発症以前にエゾウコギエキスを投与する期間が長いほど、発症開始が遅くなり症状も軽減しました。普段からエゾウコギを飲んでいると関節炎の予防効果があると考えられます。
  2. 治療薬の抗TNF-α抗体とエゾウコギを併用すると、関節炎の症状が軽減し、治療効果が増強しました。抗TNF-α抗体治療は高価で、重篤な感染症や活動性結核の発症などの副作用があります。エゾウコギと併用することで抗TNF-α抗体の使用量を減らすことができ、医療費の軽減や副作用を抑制することができると示唆されます。これは、薬用植物の新しい利用法になるのではないかと期待しています。
  3. エゾウコギは、好中球のスーパーオキサイド産生を抑制し、活性酸素そのものを消去する抗酸化能があります。さらに炎症性サイトカインのTNF-αやIL-6の産生抑制作用が、遺伝子と蛋白レベルで発揮されました。つまり、エゾウコギは関節炎のみならず、様々な炎症性病変への応用が期待できると考えられます。

本研究は、私の学位(医学博士)取得時の研究であり、
Prophylactic and Therapeutic Effects of Acanthopanax senticosus Harms Extract on Murine Collagen-induced Arthritis. Phytother Res.28:1513-1519. (2014)にて掲載されています。